ビッチにも脳細胞はある

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——「ビッチはアホな子が多い」

みなさんビッチといえばなんとなくそんなイメージを抱いてるのではないでしょうか。

今日はビッチという生き物について考えます。

こんにちはあったん先生です。

今まで散々「ビッチ」という単語を使ってきましたが、そもそもビッチって何なんでしょうか。

「ビッチ」といえば?

「ビッチ」と聞くとどんなワードが思いつきますか?

  • 尻軽、ヤリ◯ン
  • 普通は恥じらうべき場面であっけらかんとしてるイメージ
  • 男を使い捨てのように思っている
  • 何も考えていず、セックスがとにかく大好き

などなど…

とにかくあまりクリーンな言葉ではないと捉えている方が多いと思います。

しかしネットにて「ビッチ」というワードについて検索してみると

【ビッチ-bitch】 もともとはメス犬を指す英語。主に女性を強く罵る意味で用いられる語

品行の悪い女、淫蕩な女、売女、といった意味で用いられることがある

気が強く意地悪な女

…など。

——なんだか「思ってたんと違う」感がありませんか?

クリーンな言葉ではないことは変わりないとして、自分が抱いていた像とは違いますよね?

これは各SNS等でも散々論議されてきたことですが、日本のメディア及びネットでは、本来「ビッチ(bitch)」という単語が持つ意味や破壊力はあまり活用されていません。

じゃあ我々の思い描く「ビッチ」はどこに舞ってしまったのか。

それは、【slut】というスラング英語を引っぱってくると出てきます。

【slut-スラット】英語で尻軽女、売女、あばずれなどを意味する侮蔑語。誰とでも寝る女。

誰 と で も 寝 る 女

これですよね、結局皆さんが思っている「ビッチ」ってこれですよね。

あばずれで、相手を選ばず誰からのセックスオファーも「いいよ」と返答をするようなアレです。

ではなぜ、(主にネットにおいて)「ビッチ」という単語が本来の意味を離れて独り歩きしているのでしょうか?

肯定的に使われるようになった「ビッチ」

一昔前までは、悪口として使われていた「ビッチ」という単語。

しかしながら今や、「ビッチ」という固有名詞を獲得したくて仕方がないビッチもどきの女の子が溢れかえっているように思います。

私観ですが、本来誰とでも寝るような子には思えないような子でも「ビッチ」を全うしていたりするのです。
—それはなぜなのでしょうか。

 

それは、自己が確立された強い女性たちが肯定的な意味を込めて自らを「ビッチ」と名乗ったからなのではないか、と思っています。

たとえばレディー・ガガ。
彼女はかの有名な「Bad Romance」という楽曲でこのような詩を残しています。

[walk fashion baby, work it move that bitch c-razy] (歩くファッションねベイビー、もっと見せて)

[I’m a free birth baby] (わたしは自由な女なのよ)

さりげなく入れられた「bitch」という単語。しかしなんとも肯定的で強さを訴える詩の中にそれは紛れているのです。

「生肉ドレス」など毎度物議を醸す彼女の生き様。
しかし現代にうようよとはびこる自分がない女の子にとって、そんな彼女の自己が確立されたスタイルはまさしく「格好いい!!!こんなふうになりたい!!!」と写るのではないでしょうか。

他にもFergieなどなど…肯定的で強さの意味を込めて[bitch]という単語を使用しているアーティストがたくさんいるのです。

 

昨今、若者が聞く音楽はまさしく雑食時代、ジャンルフリーになってきました。

中身がすっからかんな歌詞の音楽を嫌でも耳にしてしまうこのご時世に、レディーガガなどのような強さと自己が確立された女性が現れると、自分という存在を自分で見失い彷徨っているフラフラ系女子たちは「すごい!私もこんな風になりたい!」と憧れを抱いたのだと思います。

これが「ビッチ」という単語が気安く使われ、そして独り歩きしたきっかけなのではないかぁと個人的に考えます。

海外楽曲のPVはセクシュアルなものも多いですし、そういった世界観に感化されて「ビッチたるもの男を翻弄せよ」といったような価値観を植え付けられたのが、ビッチになりたいビッチもどきが生まれた要因であり、それが彼女らの生態なのではないでしょうか。

感化されやすいアホだからビッチなのか?

自らの抱く理想のビッチ像に翻弄され生きていくビッチもどきたち。

しかし彼女らは「強く格好いい女性になりたい!」と願うあまりそうなったわけですから、逆に言うと本来はそういう女性ではなかったとも言えます。

本来は、良くも悪くも相手の気持ちが読み取れてしまう感受性の豊かな女性なのかもしれません。
本当は誰にでも優しくて、何に対しても「ノー」となかなか言えない子なのかもしれません。

そんな子たちが何か変わりたい…と願い、転生した姿がビッチだとしたら。。

ビッチになれど、そういった根にある感情センサーは生き続けているのです。それでもビッチとして振る舞うことで、その感情センサーを麻痺させているのかもしれません。

 

日本語は世界で使われる言語の中でも感情を表現する語彙が一番多いと言われています。

しかし、そんな日本語を以ってしても、ビッチが本当に心に抱いている感情は言い表せれないのです。

英語には「切ない」という感情表現がありません。
「センチメンタル(感傷的)」という単語が一番「切ない」には似ていますが、人が抱く「切ない」という感情はそんな言葉一つでだけでは表現できない様々な背景があります。
「センチメンタル」などという使い捨てられそうなたった一言の単語ではその人の感情の全ては言い表せれないのです。

ビッチにも「切ない」という感情はあります。

ビッチは感情が乏しい、人を吐き捨てるというイメージを持たれがちですが逆です。
ビッチほど実は優しく、情愛に溢れていることが多いのです。
それは、自分が本来そういった人間であったり、人への抵抗感が低くなるにつれ、人の痛みも感じやすくなるからです。

ビッチにも脳細胞はあります、それも人よりも何倍も繊細な脳細胞が。

とはいってもそんな子ばかりではない

かなりドラマチックな感じでビッチ擁護をしてしまいましたが、この世の中には同性間で見ても「救いようがねぇなあのクソビッチ…」みたいなビッチもいます。人間のカ◯部分を寄せ集めて人の形に捏ね上げたみたいな女です。

お金を巻き上げていたりだとか、、まぁこればっかりは挙げればキリがありません。

彼女たちの脳細胞についてはわかりません。もしかしたら脳細胞もないのかもしれませんし、実は他人には計り知れないような壮大な過去や事情があるのかもしれません。

もしそんなビッチが現れたら是非、生態報告をしてください。

ビッチの化けの皮剥がし。。

それもなかなかに楽しいですからね。


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