浮気はどこから論争、もうやめませんか

uwaki

お久しぶりです、あったん先生です。

最近、なにか心を揺るがせたり思ったり感じたりすることがめっきり減り、何か伝えたいことがある!などという思考の豊かさは若さも相まって成り立つのだなと思っていた次第であります。

そんな中、今回久しぶりにキーボードを叩こうと奮い立たせてくれたことがありましたのでお察し願います。。(笑)

といっても、失恋などをしてポエマーになりたいわけでもないですし、何か真新しい話題を提供できるほどのこともないのですが…

今日わたしが語りたいのは「浮気はどこから?」論争についてそろそろ終着をつけないか?ということです。

これから話したいことは、正直言って今までも絶対に同じことを唱えてきた人はごまんと居るでしょうし、この使われに使い古された話題に新しい意見と言う名の風を吹かせられるかは何とも言えません。

しかしこの世の中あまりにも、人の気持ちを考えていない人間が多すぎると思うのです。

誰が善し悪しを決めるのか?

なぜ浮気しようとする人間、もしくは浮気をすでにしている人間は「◯◯までは浮気じゃないでしょ」「◯◯しちゃったらさすがにまずいよね」などと、主観的に浮気のラインを決められると思っているのでしょうか?

勘違いも甚だしい…
浮気のラインを決めるのはあなたじゃないでしょ…

そもそもそこが間違っているのです。

まず「浮気」という行為になってしまうということは、本来は本命の誰かがいるということです。
そして浮気のラインを決めるのは他の誰でもなくこの「本命の立場」である者なのです。

この本来「本命」である人が嫌な気持ちになるかどうか?に全てのポイントがあると思いませんか?

そもそもバレるつもりで浮気をする人は誰もいません。しかし人間、魔がさすことがあるのも事実。

ですが残念ながら浮気の9割はバレます。

残りの1割は物理的な距離などが幸いしラッキーなことにバレません。

バレる9割のうち、半分は浮気について問い詰められ修羅場になりますが、もう残りの半分は尻尾は掴まれていながら泳がされたり、証拠不十分だが謎の勘が働き完全にクロだと疑われ周辺を嗅ぎ回られていたり、「しょうがない」と見て見ぬ振りをされています。

そう考えた時に、誰に対していちばん心が痛むでしょうか?
言わずもがなその「浮気」をされた本命である立場の人間ではないでしょうか?

となると、浮気を「した」者の意向や意見は関係なく、浮気を「された」人がどう感じたかによって、浮気かそうでないかは決まると思うのです。

こう書いてみるとごくごく当たり前のことではあるのですが、世の中には何を勘違いしているのか「キスまでだから浮気じゃない」とか「ご飯に行くことなんて別に…」とかいろいろと講釈を垂れて自分の行動を正当化する人間があまりにも多いと思うのです。

嘘をつく、ということはどういうことか?

人が不快に思うラインは様々です。

例えばわたしなら、彼氏や夫が綺麗なお姉さんのお店でお酒を飲むことは特に何とも思いません。たとえ店内では鼻の下を伸ばしていたとしても、それを目にする機会はないし、その対価としてお金を落とす所であるからです。

AVも観たければ観ればいいし、人数合わせに行く合コンも楽しんでくればいいと思う。

でも世の中には上記の行動全てに不快感を抱いて「最低!浮気野郎!」と判断する人もたくさんいます。

だから一概に行動で線引きして、浮気じゃないだとか何だとかということは出来ないのです。

そしてもう一つ。この話題を語るのに必要なことがあって、それこそが「嘘をつくこと」についてです。

そもそも「浮気」という自覚がある行動を起こす時点で、本命には「そんなことはしてない」風に装ったり別のアリバイを作って嘘をつくことになるでしょう。

それならばその嘘には墓場まで持っていけるほどのプロテクターをつけてください。

墓場まで持って行くつもり、だけではダメなのです。

何かを怪しんだ人間が嘘を暴く時の執拗さと体力を舐めてはいけません。

「つもり」くらいではそんなのは簡単に剥がれてしまいます。

一度ついた嘘は二度と自分の口から出すことのないように、フォースメモリーで自身の記憶の塗り替えもするくらいでないとダメではないでしょうか。

人間、生きて行くためには「嘘をつく」というスキルは必ず必要です。
なぜならそれは時に人を守る方法にもなり得るから。

しかし嘘をついた時点で、その人を傷つけることも容易いのです。
「嘘をつく」ということは、後ろめたい事実や「これを知ったら相手が傷つくかもしれない」という危惧があるから嘘をつくのです。

それがわかっているならば、その嘘は必ずどんなことがあっても(嘘を)疑っている相手にとっての「疑念」から「事実」にしてはいけないのです。
それならば嘘をつく前に起こった事実を話せばいい。

 

もし浮気は関係なく友人同士での「あの子が傷つくかも」というよう状況なら、何かを起こす前に相手の意思確認をすればいいのです。
「こうしようと思うけど嫌かな?」と。

それが出来ない友人ならいらなくないですか?

どちらにせよ相手を傷つけることになるのだから、

  1. 嘘をついたこと
  2. 起こしてしまった既成事実について

の2点を怒りの感情をぶつけられながら責められるくらいならば、相手と素直に、冷静に、話し合いができる状況を獲得した方が良いのでは、と思います。

そんな簡単なこともできないようであれば、そもそも嘘をついたり浮気をしたりする資格はないと思います。一生自分で面倒ごとを拗らせて悩んでれば良いのです。

——相手の立場になって考えましょう。

学校でそんなことも習わなかったのでしょうか?

 

ー嘘をつかれた人間のプライドはどこにいくのかー

 

浮気をされた、嘘をつかれた、と分かった時に人間が抱く気持ちは怒りか、悲しみか、呆れ、このどれかしかないと思います。

誰も「わたしのことを思って嘘をついててくれたのね!」なんていう風には思いません。

例えばそのことについて深く深く考え抜いた先に「あの時嘘をついていてもらったことでこんな恩恵があった」というケースもあるかもしれませんが、それは極めて稀です。
ましてや「浮気してくれて良かった!」なんてことは慰謝料目当てのハニートラップでもない限りほとんど考えられません(笑)

浮気や嘘をつかれていたことが分かった時、されていた側の人間が駆られる様々な感情。

起こった事実(浮気など)についての怒りだけでなく、「私には嘘をついてもいい」と思われてたんだ…「嘘をついてもバレない」と舐められバカにされていたんだ…、とプライドさえもズタズタにされるのです。

これまた個人的な意見ですが、私の場合だとこの「プライドをズタズタにされる」が基本的にいちばん堪えます。
そう思われるように振舞ってしまっていた自分にも反省しますが、「あいつはちょろいから大丈夫」などと思われていたのかと思うともう二度とその案件に絡んだ人間たちについて、許しの気持ちが芽生えることはありません。
こうなると「もう無理」リスト入り。
出来ることならこの先会いたくもないし、その先は相手を見下すことしかできません。
「嘘もつき切れなかった哀れな人だ」と思うと、関わるメリットもないし、そんなセンスのない人間は願い下げです。

だから「許しをあげられる人」というのは本当に強いなーとも思いますし、同時にアホなのかなぁとも思います。
器がデカいのか、はたまたそういうことでしか人に恩を売れないのかなーとか。
自己犠牲の方向性、なんか違くない?とか。

個人的意見です、あくまでも。

さいごに

ここまでたいへん偉そうに語ってきましたが、もちろんあったん先生も嘘をついたことがたくさんあるし、何なら浮気もしたこともたくさんあります。浮気がバレたことも、ね!!!

でも今はもうそんなことでスリルを味わったり背徳感で人を好きになったりするのはしない、と心がけています。(そもそも現時点で彼氏はいないので浮気をして欺く、という相手はいませんが)

そんなことでしか承認欲求を埋められなかった若い頃と違って、誰かを嫌な気持ちにさせるくらいなら、はじめからオープンに風通しを良くした方が楽だなぁと思うのです。
日頃から人間関係や場面によって自分を使い分けてること自体が「嘘をついてる」ようなもんで、それ以外でしょうもない嘘をつくことに疲れたんだと思います。

だから逆にしょうもない嘘を使ってきた人間は何の遠慮や借りもなく突き放せますしね。
しかし周りもそれに同調してくれていないと、マイノリティでいるだけでは変わらず嫌な目に遭うだけなんですが。

 

あなたは息をするように嘘をついて生きている人間ですか?自分がついた嘘を正当化ばかりして生きて行くの、そろそろ疲れませんか?
全てをさらけ出せ、とは言わないけれど、人の気持ちに立って物を考えるスキルも備えてみたら?


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